『東京23区』 令和六年 十二月一日 初版発行
[著者] 伊藤 美希
岩月 すみか
K
こがわ ゆうじろう
椎名 夕
ジュ―ブン
花屋 澄
[装丁] 芥川 心之介
[挿画] 椎名 夕
(敬称略)
『東京23区』奥付より
伊藤 美希さま「幕が上がる」(中央区)
繊細な「家族」の形、その三代の女性を巡る物語。
それぞれに「夫」や「父」を喪失した女性たち。
大学生の遠野絢、その母の小百合、絢の祖母の文乃。
誰が悪いというのではないのに、嚙み合わないところを持つ家族。
本当に面白い小説でした。奇を衒うこともなく、ここまで読ませることができる力量に感服です。
著者の自伝的要素もあるのかと思わせられます(これは勝手な推測です)。
「もしかしたら自分は書くことでなら、『本当』に思っていることをひとに伝えられるのかもしれない。……せめてだれかが、──母が──自分の綴った言葉を読んで、あんなつまらない顔をせずにいてくれたなら、わずかでもいい、微笑んでくれたなら、それだけで十分満足だった。」
「幕が上がる」というタイトルが、読了後に胸に沁みます。
岩月 すみかさま『花よりほかに知る人もなし』(新宿区)
競技かるたの緊迫のシーンから物語は始まる──。
自分に自信が持てず、好きになれない女子高校生の内向的な葛藤を鮮やかに描き出した作品。特に、早々に推薦で進学先を決めた主人公が、通い始めた自動車教習所の講師との対話から自分を見返していくシーンは圧巻です。「花よりほかに知る人もなし」を誤っていると知りつつ違う解釈をする主人公に、自分を重ねる人も多いのではないでしょうか。だからこそはっとさせられる……。登場人物のそれぞれが魅力的です。
また、描写や比喩の巧みさにはため息が出ます。ぜひ味わってほしい作品。
Kさま『塔のある町』(墨田区)
二人称から始まる不思議なお話。いつのまにか一人称になり、また…。今は誰もが知っているあの東京の新しいタワー。どこまでが現実でどこまでが「妄想」なのか。私には、あの町そのものを描こうとしたように思われました。印象に残る文章の一部を引用します。
ただ町にはそういった白昼夢の瞬間が無数に溢れていて、それが町中を大きなアメーバのように覆っている。それに穴を穿つように塔が経ち始め、町の記憶をアメーバの外膜から解き放ち、灰のように降らせる。その欠片が肩に触れれば、静電気のように君は突如白昼夢を見させられる。町はいまそんな状況にあった。
『東京23区』92ページ
隅田川は決してきれいな川ではなかったが、狭い住宅地にきゅうきゅうと押し込まれている日常の中で、川の水を運ぶ圧倒的力強さは頼もしく映え、日が照ればさざなみが織りなす無限の乱反射を楽しむことができた。そうやって君は日々のわだかまりを隅田川の水に溶解させてきたのだった。
『東京23区』92ページ
こがわ ゆうじろうさま『No Fate』(練馬区)
高校を卒業した克典は、一年間の猶予時間をつくる。はっきりとした理由は彼にも自覚されていなかったかもしれない。しかし、そこで彼は、自分の抱く周囲の人間やひいては社会への違和感を丁寧に誠実に突き止めようとする。
克典の父の父(祖父)は、妻を撲殺した殺人犯である。その血をついでいるのか、失職し暴力を働くようになった父を疎んで母と姉は家を出ていく。克典は父のアドレスにある「no-fate」(運命ではない)という言葉がいつも心に引っかかっている。
大学生になり急に政治運動を始めた高校の友人の谷原、Xで知り合い会うようになった玲奈。それから教師だった母親。それぞれの関りの中で抱く違和感や疑問を正直に見直していく克典。その流れが読者の忘れていた何かを呼び起こすだろう。
問いかけに満ちた作品です。
椎名夕さま『不幸な人』(江戸川区)
二股をかけるような酷い人を好きになって、振られても彼の「不幸」を望みながら、ずっと想いを断ち切れない主人公。彼に見せつけるために別の男の子を翻弄したりと、主人公も酷いことをしている。ふつうは読者にも嫌われそうなタイプなのに、なぜか嫌いになれない。正直すぎる彼女。
タイトルの『不幸な人』は皮肉だろうか? いや、それとも。
彼女はおそらく観覧車の天辺に行っても変わることはない。それでも乗ってしまう主人公。とても酷いけれど、憎むことができない女性の物語です。
ジュ―ブンさま『R246』(世田谷区)
夜の渋谷で偶然に再会したかつての親友、旬と譲二が、夜通し国道246号線を歩いて三軒茶屋にまで至る。その過程を描く物語。一言で言ってしまえばそう──。
しかし華やかなはずの夜の街から始まりながら、何という辛いドラマなのだろう。何という苦しさなのだろう。とりどりに描かれる二人の過去と現在と道中の出来事。すべてが重く絡み合い、ずっしりと堪えてきます。
私はこの感想を、決して良くない意味で書いてはいません。ふと上空から、光の灯るその下にある人間の現実を覗き見たような気持ちです。
ぜひご一読ください。
花屋 澄さま『エメラルドの海に抱かれて』(千代田区)
大学で知り合った二人の女性たちの「夢」のゆくえとは。
主人公、詩野と詩野に声をかけてきた凪紗は、お互いの「夢」を知ることで親友となる。
しかし、二人の「夢」はハードルが高く、いったんは諦めかけている。最後の「夢」が年齢という抗いがたい理由で理不尽に打ち砕かれた詩野は、違う形で「夢」を実現させつつある凪紗に不当な八つ当たりをしてしまい……。
巧みな比喩を織り交ぜた文章の上手さが際立つ一作。思い通りにはならない現実と向き合う等身大の友情の物語でした。
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